注)この物語は原作者の文章をそのまま掲載しています。お子様にわかりやすく読んで説明してあげてください。



 今から約350年程前、備中松山藩主水谷伊勢守勝隆は、城下の繁栄を願い
高梁川上流の開発に着手した。
今の暮らしが少しでも良くなればと多くの人が開発工事に集まったのだが、
その中には、邪(よこしま)な心を持つ者も少なくなかったのである。

 月明かりに照らされて、ふらふらしながら男たちに近づいて来る者があった。

「おい、おめぇら、一杯どうじゃ…フーフフフ…。」

顔を手ぬぐいで隠した男、どうやら酔っているようだ。
声をかけられたのは、青白い顔の男、目つきの悪い男、口をもぐもぐ動かして
いる男の三人である。
青白い顔の男は、

「あら、お兄さん…、そんなに酔って…、何か嫌なことでもあったの?」

そう言うとニタッといやらしく笑った。

「おぉよ、嫌なことばかりじゃ。先の災害で家は焼け落ち、田畑もぐちゃぐちゃ…。
ここへ来れば銭になると聞いたが、いくらにもならん。ほれっ!」

手にした酒を口を動かしている男の前に突き出し、

「こうして、大好きな酒を買えば、なぁ〜んにも残らん…。うぅぅ…。」

そう言ってうつむいてしまった。

それまで口を動かしていた男は、

「辛いのは、みんなも同じじゃ。にぎり飯ひとつじゃ、力も出ん。のぉ。」

となりの青白い顔の男の肩に手をやった。

「そうよねぇ、あれっぽっちの銭じゃ…紅も買えないわ。着物も…、帯も…欲しいのに…」

ぶつぶつと言う青白い顔の男が、月に照らされて余計に青白く見える。
それまで黙っていた目つきの悪い男が突然立ち上がり、叫んだ。

「よし、決めたぞ!」

その声に、うつむいていた男も顔を上げた。

「しんどい思いをしても、稼げるのは小銭程度じゃ。わしは、大金が欲しい。そのために盗人
になっちゃる。のぉ、おめぇらも一緒にやらんか。」

それを聞いた男たちは、

「ほぉ〜、盗人か…、楽しそうじゃのぉ、フーフフフ…」

「へーへへへ…、腹一杯喰えるな。」

「あたしは着物が欲しいわ、あぁ帯もね。ホーホホホ…」

「ヒーヒヒヒ…、欲しい物は奪い取ればいいのじゃ。」


四人は顔を見合わせて笑った。


工事が進むにつれて、人々の疲労もたまり、些細なことで喧嘩をしたり、怪我人も増えたのだ。
このことを知った商家の主人は、何か自分にできることはないかと考えていた。そんな時、藩の
役人だと名乗る男が商家に現れたのである。その役人は、金を用立てて欲しいと言う。

「どうじゃ、人夫のために金を用立ててくれないか。このままでは工事も中断してしまう。今以上
の働きをしてもらうためにも、酒や食事をふるまってやりたいのじゃ。怪我人を休ませるために、
新たな人夫を雇うとなれば金もいる。藩としては、早急に事を進めたいのじゃが、金がない。
いや、金は半月後には出来るのじゃ。…ここだけの話じゃから誰にも言ってはならんぞ。
実はな、殿様が大事になされていた壺を大坂の商人にお売りになったのじゃ。その代金が届
くまで立て替えてほしいとお願いしておるのじゃ。のぉ、御主人、このとおりじゃ。」

頭を畳にすりつける役人に、商家の主人はあわてた。

「おっ、お役人様、お手をおあげください。わかりました。お金は御用立ていたします。」

人の好い商家の主人は、役人の前にお金を用意し、こう言った。

「お役人様、私どもの店でご用意いたしましたお金は、利息などいただきません。それと、これは
私の気持ちでございます。どうぞ、お役立てください。」

用立てたお金とは別に、ふところから包みを差し出す。

「御主人、かたじけない。半月後には必ずお返しする。」

役人は何度も頭をさげ、帰って行ったのだが、この役人と名乗った男にだまされたと気づくのは、
数日後である。

 だまされた商家の主人は、妻に去られたばかりか、奉行人に全財産…と言っても小銭程度で
はあったが…を持ち逃げされ、人間不信となった。その後、盗人の大親分として恐れられたこと
を知る者は少ない。





 さて、高梁川上流の開発工事では、幾多の困難があったが、それを陰で支えた男がいた。

 「わしらの町が栄えるためにも、この事業を途中で止めるわけにはいかんのじゃ。」

 「可愛い子供に、白いまんま食わしたいからのぉ。頑張ろうで。」

 「そうじゃ、みんなが幸せになるためじゃ。」

 「じゃけど、この岩、どうにかならんか。これじゃ、船はのぼらんぞ。」

川底から突き出した大きな岩を前に作業は中断する。しかし、翌朝になると岩は取り除かれて
いたのである。その後、幾度となく、人々を助けたと言い伝えられる。が、彼に関する記録は現
存していない。



                   words by Y,K